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甲府地方裁判所 昭和63年(わ)346号 判決

主文

被告人を懲役一年八月に処する。

ただし、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、特殊法人日本中央競馬会の発行した勝馬投票券の裏面の磁気ストライプ部分の電磁的記録を不正に作出したうえ、これを利用して、同会の勝馬投票券の払い戻しのためのトータリゼータ・オンライン・システムに接続された複合投票券自動払戻機から現金を窃取しようと企て、同会の事務処理を誤らしむる目的をもって、

第一  別紙犯罪一覧表1記載のとおり、昭和六三年八月六日ごろ、甲府市〈住所省略〉の被告人方において、ほしいままに、かねて自己が入手していた不的中券である同会主催八八年第二回福島競馬三日目第一〇レースの連勝式勝馬投票券など五枚の裏面の磁気ストライプ部分の電磁的記録を、磁石で抹消したうえ、同券の裏面に、自己が製作した電磁的記録書込機を用いて、同会主催八八年第二回福島競馬七日目第九レースの的中している連勝式勝馬投票券(的中番号四-五 払込金五〇〇〇円 配当金一四万七〇〇〇円のもの)の裏面の磁気ストライプ部分の電磁的記録と同一の内容の的中番号「4-5」、払込金「五〇〇〇円」、シークレット番号「9483」等を表わす印磁をして、同会の勝馬投票券払い戻しのための事務処理の用に供する事実証明に関する電磁的記録を不正に作出し、同日七日午前一一時三〇分ごろから同日午前一一時三六分ごろまでの間、前後五回にわたり、山梨県東八代郡石和町窪中島一〇一七番地の一同会東京競馬場石和場外勝馬投票券発売所において、右不正に作出した連勝式勝馬投票券五枚を前記オンライン・システムに接続されている複合投票券自動払戻機に挿入して、これを、同会の前記事務処理の用に供し、同機を作動させ、同発売所長河田高男管理にかかる現金合計七三万五〇〇〇円を払い出させて、これを窃取し、

第二  別紙犯罪一覧表2記載のとおり、同年一〇月二九日ごろ、前記被告人方において、ほしいままに、かねて自己が入手していた不的中券である同会主催八八年第一回福島競馬三日目第一〇レースの連勝式勝馬投票券など八枚の裏面の磁気ストライプ部分の電磁的記録を、磁石で抹消したうえ、同券の裏面に、自己が製作した電磁的記録書込機を用いて、前記的中している連勝式勝馬投票券の裏面の磁気ストライプ部分の電磁的記録と同一の内容の的中番号「4-5」、払込金「五〇〇〇円」、シークレット番号「9483」等を表わす印磁をして、同会の勝馬投票券払い戻しのための事務処理の用に供する事実証明に関する電磁的記録を不正に作出し、同日午後二時五七分ごろから同月三〇日午前一〇時一八分ごろまでの間、前後八回にわたり、前記石和場外勝馬投票券発売所ほか一箇所において、右不正に作出した連勝式勝馬投票券八枚を前記オンライン・システムに接続されている複合投票券自動払戻機に挿入して、これを、同会の前記事務処理の用に供し、同機を作動させ、前記河田高男ほか一名管理にかかる現金合計一一七万六〇〇〇円を払い出させて、これを窃取し、

第三  別紙犯罪一覧表3記載のとおり、同年一〇月二九日ごろ、前記被告人方において、ほしいままに、かねて自己が入手していた不的中券である同会主催八八年第二回福島競馬七日目第九レースの連勝式勝馬投票券など五枚の裏面の磁気ストライプ部分の電磁的記録を、磁石で抹消したうえ、同券の裏面に、自己が製作した電磁的記録書込機を用いて、前記的中している連勝式勝馬投票券の裏面の磁気ストライプ部分の電磁的記録と同一の内容の的中番号「4-5」、払込金「五〇〇〇円」、シークレット番号「9483」等を表わす印磁をして、同会の勝馬投票券払い戻しのための事務処理の用に供する事実証明に関する電磁的記録を不正に作出し、同月三〇日午前九時四八分ごろから同年一一月六日午前一一時五五分ごろまでの間、前後五回にわたり、東京都文京区後楽一丁目三番六一号同会東京競馬場後楽園場外勝馬投票券発売所ほか二箇所において、右不正に作出した連勝式勝馬投票券五枚を前記オンライン・システムに接続されている複合投票券自動払戻機に挿入して、これを、同会の前記事務処理の用に供し、同機を作動させ、前記河田高男ほか二名管理にかかる現金を払い出させて、現金を窃取しようとしたが、同機が異常を感知して現金を払い出さなかったため、その目的を遂げることができず、

第四  同年一一月一二日ごろから同月一三日ごろにかけて、前記被告人方において、ほしいままに、かねて自己が入手していた不的中券である同会主催八八年第一回福島競馬三日目第一〇レースの複勝式勝馬投票券一枚の裏面の磁気ストライプ部分の電磁的記録を、磁石で抹消したうえ、同券の裏面に、自己が製作した電磁的記録書込機を用いて、同会主催八八年第六回東京競馬八日目第五レースの的中している連勝式勝馬投票券(的中番号二-四 払込金一万円 配当金二八万三〇〇〇円のもの)の裏面の磁気ストライプ部分の電磁的記録と同一の内容の的中番号「2-4」、払込金「一万円」、シークレット番号「8664」、CPU通番「3201665241」等を表わす印磁をして、同会の勝馬投票券払い戻しのための事務処理の用に供する事実証明に関する電磁的記録を不正に作出し、同月一九日午前一〇時二一分ごろ、前記石和場外勝馬投票券発売所において、右不正に作出した連勝式勝馬投票券一枚を前記オンライン・システムに接続されている複合投票券自動払戻機に挿入して、これを同会の前記事務処理の用に供し、同機を作動させ、同発売所長河田高男管理にかかる現金二八万三〇〇〇円を払い出させて、これを窃取し、

第五  同月一二日ごろから同月一三日ごろにかけて、前記被告人方において、ほしいままに、かねて自己が入手していた不的中券である同会主催八八年第二回福島競馬七日目第九レースの連勝式勝馬投票券一枚の裏面の磁気ストライプ部分の電磁的記録を、磁石で抹消したうえ、同券の裏面に、自己が製作した電磁的記録書込機を用いて、前記的中している連勝式勝馬投票券の裏面の磁気ストライプ部分の電磁的記録と同一の内容の的中番号「2-4」、払込金「一万円」、シークレット番号「8664」、CPU通番「3201665241」等を表わす印磁をして、同会の勝馬投票券払い戻しのための事務処理の用に供する事実証明に関する電磁的記録を不正に作出し、同月一九日午前一〇時二六分ごろ、前記石和場外勝馬投票券発売所において、右不正に作出した連勝式勝馬投票券一枚を前記オンライン・システムに接続されている複合投票券自動払戻機に挿入して、これを、同会の前記事務処理の用に供し、同機を作動させ、同発売所長河田高男管理にかかる現金を払い出させて、現金を窃取しようとしたが、同機が異常を感知して現金を払い出さなかったため、その目的を遂げることができなかった

ものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示第一、第二、第四の各所為中、私電磁的記録不正作出の点は刑法一六一条の二第一項、罰金等臨時措置法三条一項一号に、同供用の点は刑法一六一条の二第三項、第一項、罰金等臨時措置法三条一項一号に、窃盗の点は刑法二三五条に、判示第三、第五の各所為中、私電磁的記録不正作出の点は同法一六一条の二第一項、罰金等臨時措置法三条一項一号に、同供用の点は刑法一六一条の二第三項、第一項、罰金等臨時措置法三条一項一号に、窃盗未遂の点は刑法二四三条、二三五条にそれぞれ該当するところ、判示第一、第二、第四の私電磁的記録不正作出と同供用と窃盗との間、判示第三、第五の私電磁的記録不正作出と同供用と窃盗未遂との間にはそれぞれ順次手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により、それぞれ一罪として、判示第一、第二、第四の各所為についてはいずれも最も重い窃盗罪の刑で、判示第三、第五の各所為についてはいずれも最も重い窃盗未遂罪の刑でそれぞれ処断することとし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第四の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人を懲役一年八月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

被告人は、一流大学を出て一流会社に勤務し半導体の研究開発に従事していたいわばエリートサラリーマンであったもので、パソコンを趣味とし、一方競馬にも興味を持っていたところから、このような犯行に及ぶに至ったものであるが、特に、コンピューター時代を迎え、その社会的影響が大であり、その刑責はこれを軽視することはできない。

しかしながら、被告人は、起訴にかかる被害を全額弁償し、反省していること、これまで何らの前科もなかったこと、長年勤務した勤務先も懲戒解雇になり既に相当の社会的制裁を受けていることその他諸般の事情を考慮し、主文の刑に処し、その刑の執行を猶予することとした。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 古口 満)

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